「神さま、わたしに、
なぐさめられるよりも、なぐさめることを、
理解されるよりも、理解することを、
愛されるよりも、愛することを望ませてください。」
(「聖フランシスコの平和の祈り」の中の一節)
がんばりすぎちゃうと、ついこの言葉を忘れて、自分ひとりが
犠牲を払っているような気分になったり、
勝手に被害者になったり、ストレスで頭や心が破裂しそうになったり...
でも、私は私が理解されるために、愛されるために、そして笑うために
わざわざ生まれてきたんじゃないでしょ。
自分だけ笑って自分だけ幸せで、それだけで死んじゃったら、
「一体なんだったの?何しに来たの?」って感じ。
人を慰め、理解し、愛し、そして笑わせて生きられるなら、
それだけでも、すこしでも、ちゃんと私の生きてる価値があるって思う。
理解されることよりも理解すること...
愛されることよりも愛すること...
人を幸せにするため、そのために削られる自分の時間や労力は、
もったいなくなんかない。
今私がすべき目の前の仕事より、今私がしたいことより、
もっともっと1番大事なこと。
思い出して、「私をわかってもらいたい」から「あなたの事わかってあげたい」に替えると、
自分自身の心もすーっと穏やかになって、幸せです。
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